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人は一人ではイキれない

2019.12.14 Saturday

嫁がコンサートに行ってる間、ひとりで作業しながらジムいって汗流して早寝してカプコンカップに備えてました。

 

さて。

 

先日、見てくれる人の数が多ければ戦闘力(いいね)も増える、みたいな話をしました。それだけ聞くとただの当たり前のことなんですが、それが意味することってもっと根底的なところにあるよなって思いまして。イナナキアのネタ集めのために、色んなことを考えてはメモしてるんですが、そのなかに「人は一人じゃ生きていけない」っていうことも描いてあるんですよ。

 

よく聞くフレーズだと思いますが、世間的に使われてる意味って「決して自分ひとりの力で生きてるわけじゃないんだよ」って言うことだと思うんですよね。ただ私がメモってるのはそうではありません。

 

正確に言うと「人は一人じゃ生きていけない」のではなく「人は一人で生きていても意味がない」っていうこと。

 

今、世界一大金持ちの人も、世界一権力を持っている人も、世界一欲深い人も、世界一凶悪な犯罪者も、世界一の善人も・・・この世に一人きりになった瞬間に、それらの意味を失うんですよ。これって至極当たり前のことなんだけど、すごいことだと思いませんか?

 

要約すると「自分の他に誰かいないと、イキれないんです」よね。

 

そう「人は一人ではイキれない」が正しい。フフッ

 

そして更に解釈を広げると、この世に一人か複数人かの二択になる。1人ではないのなら、2人だろうが100人だろうが一緒なんですよ。これが冒頭の話に繋がるわけですが、1いいねも、100いいねも本質的には同じ。それが私生活に直結して、生命に関わるなら営業して頑張る必要がありますが、そうではない場合、数は重要ではないと解釈できます。

 

「○○人に認めてもらえた!」という解釈から「自分以外の誰かに認めてもらえた!」と捉えることで、だいぶ心の平穏が保てる気がします。これはビジネス用語でいうペルソナみたいな考えに近い気がします。万人に響かせようとするのではなくて、特定の誰かに響けばいいっていうあれです。

 

そんなわけで、1人も100人も100万人も同じ。スト5のLPも同じだなあって最近よく思うんです。努力したその先には更にうえの努力が求められる。ずっと続くんです。終わりがない。だったらそこを気にしてもしょうがないなって。そういった壁は好きでやったことの副産物として自然と超えていくものであって、越えることを目標にすべきではないんだと思うんです。メンタル強い人はそうやって頑張ればいいと思いますけど、得てして人は弱い生き物ですからね。

 

とはいえ終わりがあるものもありますけどね。

 

たとえば国内外のイラストレーターで最強クラスのフォロワー数が50〜100万人とかそんなだったとしたら、トップであるそこを目指すのか、はたまたその下の層に多く蔓延ってる10万〜30万人クラスで自分の限界はまあこんなもんだろうって割り切ってしまうのか。割り切ってしまえばそこが終わりといえば終わりになりますから。ただ今回言っている話の本質はそこではないんですけど、そこらへんはイナナキアの本編でいい具合に落とし込めればなあって思います。何十年後の話かわかりませんけど。

 

Web拍手レス

私がやってるのはMMDですけど、パロディネタが戦闘力3000叩き出したりしたのを思い出しました。大当たりしてガハハという具合でしたけど、以降もパロディ積極的にやってこうかって思ったかって言うと違うんですよね。人気だけ追って制作しても辛いですから。パロディ作ろうとしたのは「便乗してバズるぜギャハハ!」という思いはもちろん、「作って楽しそう!」と思いもあったからだったなぁと当時を振り返ってました。見てもらって嬉しい、作ってて楽しい、両方やらないといけないのが創作好きの辛いところですね。

 

言われて思ったんですが、私はいつからか見てもらって嬉しいが欠けている気がしました。作ってて楽しいは自分のことだからわかるんですが、見てもらって嬉しいって、一体なんなんでしょうね。

 

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