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エンドを見据えて作れているか

2019.08.28 Wednesday

ゲームを作るぞ!

 

ってなったとして、実際に起承転結をあれこれ考えるじゃないですか。

 

で、起承転まではいいんです。作ってて面白いんです。産みの苦しみがあっても面白くやれるんですが・・・問題は「事がおわったあとを描くのがめんどくさいことがある」ということ。ドラクエ1でいえば、竜王を倒した直後の、各地の町のセリフとかエンディングまでのあれこれを作るのがめんどくさいということですね。反対に、めんどくさいどころか、最後の一瞬のためにそれまで作っていたんだ!と思うこともあります。この違いはなんでしょうか。

 

自分の過去を振り返ってみた結果、この違いは「終わりを見据えて作っていたかどうか」の違いでした。

 

エンドを見据えてつくっていたものは最後まで燃料が持つんですよ。エンドを見据えず、例えば1章のエンドしか見据えてないものは1章をつくった時点でエターナるわけです。私のツクール5時代はこれの連続でした。ものすごい勢いで作り始めるんだけど、1章しかはっきり思い描けてないままに作ってたんですよね。あとはなんとなくは考えてても、おぼろげと言うか。

 

これは小さく区切っても同じことが言えます。例えば、寄り道用のサブイベントでもそうです。サブイベントのエンドを見据えた場合は描ききれるけど、ぼや〜っとはじめたイベントはボス倒すまではいいがそのあとを描くのが無性にめんどくさくなる。ボス倒して困ってた人助かって、その困ってた人がありがとうどうのこうのいうくだりがまじでめんどくせえなって思ってしまう。これはつまり、そのありがとうというくだりに意味をもたせられていないからです。最初から描きたいものがあって、それをなし得たわけではないからめんどくさい。

 

なんだか当たり前のことを言ってる感ありますが、自分の過去作にはこういったのがよくあったなあと思い知らされたところです。人生初作品のRPGツクール4で作ったときは、ゲームづくりとは何なのかを知らなかったので、めんどくさいどころか、よくわからないまま完成を迎えて、ツクールアドバンスとSRPGツクールではちゃんと思い描いたものがあったから最後まで貫き通して、ツクール5は3つくらいエターナって、Flash作品の2つはテーマがしっかりしてたからちゃんと描ききって、超大作RPGのZetimaはなんとめんどくさかったんですよね。これはマルチエンドにしてたせいで、ノーマルエンドは全部テーマにそってないものだったからめんどくさかったんですが、トゥルーエンドだけは楽しかった記憶があります。

 

いま忍屋の各イベントを書いてても同じです。中ボスを倒した後の「うわ、めんどくさ!」って思うものと、そうでないエピソードの違いは、間違いなくこれ。エンドを見据えて開始できているかどうか。長年の謎が解けた瞬間でした。

 

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