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この世界の片隅に

2019.04.02 Tuesday

「この世界の片隅に」がAmazonプライムにきてたので見てきました。

 

戦争モノの作品をこんなふうに描いた作品を私は他に知らず、戦争モノだから苦手、どうせ悲しい話だから苦手、そんな人にはぜひ見てもらいたいと思える作品でした。

 

内容については多くは書きませんが、主人公の性格がほんといい味出してたように思います。そして何より私自身、少しでも戦争について調べようと思えたのが自分で驚きでした。これでも広島生まれの広島育ちなので、学校でもそれなりに戦争については知ってた気になってたんですよ。

 

小学生の夏休みなんて、登校日に戦争モノの映画を体育館で見せられましたし、6年生の文化祭では広島の戦争にちなんだ演劇をしました。広島に建っている貞子の像、その人のお話です。私は貞子の友人A役で「なあ貞子、明日の運動会がんばってくれよ?」っていうセリフを開演一発目のセリフとして喋ったのを覚えています。

 

演劇指導のときに、先生から広島弁っぽく言えって言われて、普段からずっと広島弁しゃべってるはずなのに、小学六年生にして広島弁ってなんだ・・・???と混乱したことを今でも覚えています。結局、先生のいう広島弁というものがなんだったのか理解できずに本番を迎えたんですが、あのとき何がいいたかったのかを理解できたのは、それから数年たってからでしたね(先生はくれよ?ではなく、くれえよ?と言ってほしかった模様。じゃあ台本にそう書いとけよ!)

 

そんな昔話はさておいて、この世界の片隅にを見始めて、最初のテロップに8と2という数字が見えたんですよ。8月6日が原爆投下日だったのはさすがに覚えてるので、数日前からスタートなんだなって思ってたら全然なにも起きなくて。テロップを見てると月じゃなくて年だったんですよね。それからどんどん月日が流れていくにつれて、そういえば私は、いったい何年が投下日だったのかを知らないなって。映像を止めて調べてみたら1945年(昭和20年)でした。続きを見てるとテロップに19年とか出てて、あと1年か・・・ゴクリって感じで見てましたね。

 

次に疑問に思ったのは、原爆の威力について。爆心地は広島市内なんですが、そういえば主人公は嫁いだ呉って結構離れてるけど被害はどんなもんなんだろう?って思って、また映像止めて調べたんですね。

 

そしたら、呉くらい離れてると「窓ガラスが割れる」くらいのもんだったんです。つまりこのまま呉にいれば被害は受けずに済むわけですよね。それを知った状態で見ると、また見方が違ってきます。そしてもうひとつ、戦争って原爆が投下されたその日だけが注目されがちだけど、映画を見てるとしょっちゅう警報が鳴り響いて、昭和19年の時点でじゃんじゃん爆弾が降ってるんですよ。原子爆弾以外にも、これだけ攻撃されて、これだけの被害を受けてたのかってのも、当たり前なんでしょうけど衝撃でした。戦争モノで描かれるのって、その多くが投下以降の話だったり、爆心地付近の話だったりするので知らなかったんですよね。

 

で疑問が浮かんでくるわけです。第二次大戦っていつからいつまでだったんだ?って。調べてみると「1939年から1945年までの6年間」だったそうです。昭和14年〜20年。つまり原爆がおちたのは最後の最後だったんです。映画を見てると、知らぬ間に戦争が始まって、何を持って終わりとしたのか。そんな人間の作り出した曖昧な戦争というものについて生々しく描かれてて、いろいろと考えさせられました。

 

知らないことを調べようと思えたし、他の戦争モノでは味わえないものがたくさんあったので、まだ見てない人はぜひ。

 

Web拍手レス

自分くらいには嘘をつかずかー 自分も素直に生きたいですね

 

一番甘えてしまうのもまた自分なので、それが一番むずかしいことかもしれませんけどね。

 

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