レディ・プレイヤー1

2018.05.20 Sunday

MX4D3Dっていう意味不明な肩書のついてる映画「レディ・プレイヤー1」を見てきました。もう公開終了間際だったんですけど、色々あって嫁さんと行くことに。

 

そもそもMX4D3Dってなに?

3Dはわかる。飛び出すメガネ的なやつね。

 

4D?

 

ついに映画は時間軸を取り入れたの?すごくね?

んなわけありませんね。

 

調べてみると、そもそも4D映画という括りの中には「4DX」と「MX4D」の2種類があるみたいです。

ややこしい、そこは4DXと4DMXとかにしとけよ・・・って思ったけど会社が違うみたいでした。

 

4DX … 韓国のCJ 4DPLEX社

MX4D … アメリカのMediaMation社

 

そこはどうでもいいとして、どちらもアトラクション的な体感型映画という点では一緒のようです。水や風が出たり、匂いがしたりとUSJみたいなノリなので、当然値段も高いんですよ。映画なのに3100円でした。大阪まで行ったと思えば安いもんですが。調べてみるとMX4Dの方が最新なので、少しだけ機能が増えてるようです。とはいえ、シートが突き上げたり、マッサージチェアみたいな突起が背中から出たりとかそんな程度です。

 

で、結論から言うと、もう良いかなって感じでした。

 

なんといいうかね。機能が豊富なのは分かる。わかるんだけど、使いすぎ。やりすぎ。そんな印象でした。下手くそか!って思いましたね。


例えるならば、初めてパワーポイントを触った中学生が、フェードインやワイプの効果を使わずに、スパイラルとかの機能を無闇に使いたがるような現象。あるいはマリオメーカーを初めて触った小学生がスタート地点にクッパを3匹置いちゃうような現象。いい大人がそれやっちゃいかんでしょ。それをやっていいのはお客に出す前の試作段階です。

 

もしやるなら、すっごーーい地味な椅子の揺れ。震度1程度の揺れや、え?いま風吹いた?ってわからない程度の風はとても効果的だと思うんですよね。映画を邪魔しない程度の後押しというか。そういうので十分だよって思いました。4Dまでいかなくていい、3.5くらいでいいかもしれない。キングダムハーツみたいですね。4Dだ!沢山仕掛け動かさなきゃ!みたいなのがよくない。それを求めている人が多いのかも知れないけど、少なくとも私は、4D映画はもういいかなって思いました。

 

ついでいうと、3D映画の時点でメガネ族にメガネONメガネはきついんですよ。知ってましたけど。2時間半メガネの上から3Dメガネかけるのはかなり辛いです。もうね、映画館は2D映画を見るところで、いいんじゃないですかね。

 

って4Dの感想がこんな感じでしたが、すっかり映画の内容を言い忘れてました。映画自体はいい感じのエンターテイメントでした。知ってるキャラクターが出るだけで、人ってこんなに高揚感沸き立つんだなって思いました。主人公がバーチャル世界で波動拳うってくれたときはうひょー!ってなりましたね。そんなこんなで、ひとつの経験として4Dを体験できたことは良かったと思います。

 

Web拍手レス

こんにちは! 自分はあまり推理ものを見るタイプじゃないんですけど、本とかアニメとか映画とかでも、観てる最中に犯人探しはやらないですね。 観てる間は考える間も無く次の展開が気になっちゃってそれどころじゃないです。 感想とかは全部見終わった後、見てる間は正直頭の中からっぽですw@長月チャカ

 

私もそんな感じです。のめりこめる作品はこちらの追随を許さない没入感を生んでくれますよね。あれこれ考えながら見ちゃうのはのめりこめてない証拠なのかなとも思います。

優雅な朝からの怠惰な一日

2018.05.19 Saturday

土日の朝は私が朝ごはんつくることもままあるんですけど、この日はホットサンドとコーヒーの朝食にしました。残ってたはずのツナコーンがサラダと化していたので、そのままチーズとマヨネーズと挟んでやりました。

 

いやあ優雅だね。天気予報も外れて朝から晴れてたし。

 

こんな優雅な朝からスタートした一日は、創作活動や息抜きもほどほどにすると、相当満足度の高い日にできたろうに。気がつけば嫁さんとDQXしてたら夜になってました。そもそも創作活動する元気なんて微塵もなかったんですけどね。

 

最近やばいです。意欲的なものが皆無。どこへいってしまったんだろうね。たまにふらっと旅に出るからねやつは。そのうち帰ってくるでしょう。

チンパンの見ている世界

2018.05.18 Friday

Twitterに興味深いツイートが流れてきました。

 

 

これ、すっごく分かるんですよ。それと同時に、今まで深く考えてこなかった議題でもあるので、今回はタイトルにもした「チンパンの見ている世界」についてお話したいと思います。

 

私のブログをずっと読んでくださってる方なら、過去に何度か「私のようなチンパンは」みたいな言い回しをしているのを覚えいてるかと思いますが、これって別に自分を卑下してたわけではないんですよ。なんというか、本当に何か異常なんだろうな、なにか病名にもなってないレベルの疾患があるんだろうな、くらいの気持ちで自分を分析した結果の言葉でした。

 

で、ちょっとみなさんも考えてみてほしいんですが「RPGをクリアして、色んなイベントシーンや町の名前なんかはちゃんと覚えてるんだけど、どういう話のゲームだったのかがまるで思い出せない」っていう経験ないですか?

 

多くの人は、あるある〜って言ってくれそうなものですが、私の言っているのはそういうレベルの話でないんです。クリアした直後、あるいはプレイしている最中であっても、このゲームがどういう話なのか理解しないままプレイを進めている。そして、理解していないまま進んでいるということに疑問を抱かない、どんな話だっけ?といった疑問が浮かばない、そういうレベルの話です。

 

どうですか。

みなさんはそんな経験ありますか?

 

私はというと、そんな経験しかないんですよ。

 

やばいですよね、そんな人間がゲーム作ってお話考えようとしてるんですよ?

そんな事実を今まで認識していながらも、深く考えてきませんでした。

 

なんか知らないけどPTのみんなが泣いてるし、感動するシーンなんだなあ〜とかボヤあっとした感じで、話を進めちゃってるんです。大神で最後ボロボロ泣きましたけど、正直あの丸いバボちゃんみたいなボスが何しようとしてたのか知りません。もう雰囲気とBGMで泣いてただけです。いいですか、何年も経ってるから忘れてるだけっていう話ではないんです。たぶん当時の私も確実にわかってないんです。わかってないけど雰囲気で泣けてるし、そのことに疑問を抱いてないんです。

 

もうなんか脳のつくりというか、面倒なことを排除して都合のいい情報だけ取り入れてやり過ごそうという気概があります。数学の授業でわかんない壁にぶちあたったらもう投げて別のこと考えたいんですよ。宇宙の話は好きだけど、数式がでてきたら逃げたいんです。それの延長のような気がします。なので、このツイートの人のように、犯人の推理とかそんな小難しいこと考えたら話がわかんなくなるので、考えずにふわっと見ていたかったんですよね。ふわっと。雰囲気を嗜む程度に。

 

とはいえ数年前から、流石にそれじゃいかんでしょって思って、映画の2時間程度なら隅々まで分析してみてやろうって見てますけど、推理ものとなるとそんなことは気にしてません。

 

・・・ああ、書いてて気づきましたけど、そういうことなんですね。私にとって推理=難しい=数式と一緒なんですねこれ。難しい、苦手、嫌いなもの、そういったものからは目をすぐ背けちゃいたくなるんです。

 

でもそれ以外の描写、たとえばあの主人公の何気ない仕草の伏線はあそこだったとか、このシーンの話の運び方はすごく秀逸だとか、そういう自分の脳がすんなり受け入れられる事象は、いくらでも考えれちゃうんです。すごく当たり前のことを言っているようですけど、こいつはなかなかの発見です。

 

つまり、私にとって難解な世界観やストーリーは、大嫌いな数学の数式と同じってことなんですよ。

 

なるほどね、すごいスッキリした。

 

だからこそ、自分が書くゲームシナリオは、いくら難解なものを作りたかったとしても、チンパンでも理解できる作りにしたいって再三言ってきたわけです。ゼノギアスのおはなし、私はwikiで調べまくって相当詳しくなりましたけど、それを初見プレイでわかってもらえないなんて悲しすぎるんです。たしかにあえて見せないことで大事な部分を見せるって手法はありますけど、ゼノギアスに限って言えば、なにひとつわかってませんからね。カドモニがどうとか理解しなくてもいいんですけど、シタン先生が冒頭からどういう動きをして、どういう気持ちでフェイの側にいたのか、くらいはちゃんと理解したままデウスに挑むべきでしょう。しかしチンパンの私には到底理解できていませんでした。

 

そういうところを余すことなく分かりやすく、かつ深い世界観として描いてみたいっていうのが、チンパンクリエーターの私の務めとすら思ってます。

 

そうそう、これ書いてて思い出しましたけど、ぐらちTRPGをやっててもこれと同じ現象が起きてました。理解しようとしてないんじゃなくて、理解したいのに頭に入ってこないっていうのが本当に脳に起きてるんです。特にTRPGはセッション内でも考察(沈黙)の時間が長くなるし、その間に全部忘れるし、来週になってもそれは同様で・・・その節は、皆様に多大なるご迷惑をおかけしました。

 

未来の購読者

2018.05.17 Thursday

毎日ブログをつけていると、どうして続けられるの?といった質問をされることがあります。そんなわけで今回はそんな話です。

 

続くものっていうのは「苦痛じゃない」ということが大前提らしいです。昔の私が「続くもの続かないもの」でそう言ってるのをみて、なるほどねって思っちゃいましたが、たしかに苦痛なものは続いてませもの。

 

で「苦痛なこと」と「苦痛ではなくなること」の条件っていうのが人それぞれなので、私自身のケースを見てみようってのが今回のお題です。

 

以前、忍屋のプログラマのろあ君に、ブルクのブログは毎日更新ではないよね。って言われたことがありました。そうなんですよ。実は毎日更新じゃないんです、うちのブログ。

 

毎日更新って「今日はこんな事がありました、楽しかったです」みたいな、その日あったことをその日のうちに記事にするってことだと思うんですが、私の場合翌朝に更新してますし、ついでに週末の金土日の更新は月曜日にまとめてやってる始末です。

 

結果として毎日記事が埋まってるので、毎日更新のように見えますけどってお話。

 

でもね、そういうことなんですよ。

 

私にとっては自分の時間を使ってブログを書くことは「苦痛」なんです。だから、勤務時間を使って書くことで、苦痛ではないもの、になってるんですね。これは言ってしまえばセルフ・ハンディキャッピングです。仕事中って無性に創作活動したくなったりするじゃないですか。できないからこそやりたくなる。堂々ということではありませんけど。これが仕事終わり+自宅でその日あったことを書いてくださいって言われたら、3日でやめる自信があります。だってめんどくさいですもの。

 

※ちなみにブログ検索で「セルフ・ハンディキャッピング」で調べると自分が書いた記事が全部出るので、昔の自分の意見が見れて楽しかったりします。

 

さて、もうひとつ続いてる理由があります。

残念ながら、この感覚を今まで共感してくれた人に出会ったことがありません。

 

何かと言えば、カレンダーの虫食いです。

 

PC版のブログ右上にカレンダーがあるじゃないですか。これが全部埋まってることが気持ちいいんですよね。逆を言えば、一日でも欠かして虫食いがあると気持ち悪くてしょうがない。だから、書くことができた日だけ記事にするっていうのも、私にとっては耐えられません。それならいっそ、日曜だけ更新とかにして、日曜日にだけカレンダーの更新が並んでる方が見てて安心する。もうこれは感覚の問題です。1pxのズレを気にする人間としない人間みたいなもんです。

 

で、残念ながらこれを「わかる〜〜〜」って言ってもらえたことがありません。なので私が人から「ブログ続けるには?」とアドバイスを求められた際、毎日は大変だろうからまずは日曜だけ更新とかにしてみれば?って言ってみたものの、ちょっとその感覚はわかんないって言われることもよくありました。

 

とまあそんな理由から、ここまで埋めてきたカレンダーを、いまさら虫食いになんてさせられませんよねっていうのが続いてるもうひとつの理由です。これは苦痛どうこうではなくて、後押ししてくれてる理由みたいなものです。虫食いにかぎらず、なにか後押しとなる理由ができると、たとえ書くことがない日でも、なにか書かないとなって思えます。このときの感覚が決して「苦痛ではない」っていうのが、スゴいところですよね。

 

たとえばですけど、一週間という時間があって、7日中、火木の2日だけ空白があったとしましょう。数年後、仮に自分が毎日更新となっていたとき、その空白の2日をみたときどう感じるか。この時の自分、何も書いてないけど、なにしてたんだろう・・・って疑問におもったり(実際何もなかったんだと思いますけど)そういった不安をなくしたいってのが後押しの理由になったりね、ほんとこれは人それぞれだと思います。

 

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自分はブログを何のためにつけているのか。

 

これが他人に見せるため100%だと続かないと思います。私はもう10年続けてきた結果、見る人が減ることはあっても増えることはないと悟ってしまったので、割合としては他人に見せるため20%、未来の自分の為80%くらいの感覚で毎日書いてます。

 

他人は離れていくかも知れませんが、未来の自分が離れることはないでしょう。あるとすれば人生に別れを告げてるときのはずです。そういった意味では、未来の自分って結構良質な購読者だと思いますよ。

 

ブログを書いたほうがいい理由

2018.05.15 Tuesday

ゲームやってると、胸糞なエピソードってありますよね。

パッと思いつくところで、DQ7のレブレサックやBOF4の呪砲などです。

 

これらは、みんなのトラウマとも語られる話で、感動した、泣いた、悲しかった、といったありふれた感情とはまた違った存在感を放っています。「胸糞」という感情は、その作品の大きなスパイスとなることは間違いないですね。

 

人の醜さだったり、実は人間でした絡みだったり、やるせなさ、どうしようもなさ、マモレナカッタ...など、そういったものが描かれるのが胸糞エピソード。そういった話を書くことができれば、物語に一層の深みを持たせられる気がして、挑戦してみたいなあって思うんですけど、私にはほんと向いてないというか、書けないんですよね。

 

これは以前も記事にした「ダークファンタジー」で言ってたことなんですけど。

 

ていうか、ほんとさ・・・・・・、、、

 

この昔の記事を読んで「え…昔の自分、そんなことに気づいてたの?知らんかったわ…」ってなることの多さですよ。これって大問題ですよね・・・。

 

だって、てっきり今の自分って、過去の自分の気づきや発見を全部網羅した人間になってるって思うじゃないですか。一度は気づいたんですよ?ちゃんとそれを活かしたまま今を生きれてるって思うじゃないですか。でも実際はそうじゃない。気づいたことに忘れる生き物なんです人間。

 

人の名前や、歴史や数学といった学力、日々使ってるソフトの使い方…そういったものは使わないと忘れるものって知ってるくせに、今回のような「形のない気づき」については、忘れるっていう発想にありませんでした。何言ってるかわかんないかも知れないですが、これって本当に恐ろしいことです。

 

たとえば私が再三言っている「ガッチャマンクラウズ」ですが、言ってしまえば、このアニメを見て気づいたことさえも、いつか忘れててもおかしくはないってことなんですよね。ただその感動具合が大きかったのと、ブログやTwitterで何度も書いてるから忘れてないってだけかもしれません。

 

日々の何気ない気づきっていうのは、その場限りの夢のようなもので、気がつけば忘れてしまっているなんてことは、これまで何度もあったはずなんです。実は今回のことに限らず自分の過去の記事を読んで、昔の自分に学ぶことって本当に多いんですよ。そう考えると、世のほとんどの人は、忘れたことに気づかないまま生きてるかもしれません。

 

ついでにいうと、この日イナナキアの設定を考えてて似たような現象がありました。

 

ネタ帳にしてるGoogleスプレッドシートを読み返してて、昔考えた台詞を読み返してると、ものすごい感動することがあるんですよ。「え……めっちゃいいこと言ってるやん……」って。ただの自画自賛に聞こえますけど、この際そこはどうでもいいんです。ブログなりメモなりを残しておかないと、確かに気づけていた過去の自分という存在がなくなっているという事が問題なんです。

 

そんなわけで、みなさんブログをつけましょう。

私も喜びますが、他でもない未来の自分が、喜ぶはずですから。

 

Web拍手レス

GWは長野でしたか。写真みても何処か分かりませんでしたが(県民なのにw) 私は地元老舗の蕎麦屋の総本店で食べてみたいと小諸に行きましたが、ついでにと寄った懐古園が、あの夏の聖地だった事を初めて知りましたwど田舎の観光地にアニメの大判ポスターが貼られているのは中々不思議な光景ですなw

 

聖地となって町おこしになるのは大事なんでしょうけど、単純に田舎の風景を楽しみたい場合には、ちょっと考えものかもしれませんね。

 

こんにちは、いつも楽しくブログ見させてもらってます! UE4楽しいです、ずっと講座動画とか参考書とか見てるだけだったのが、なんか急に色々出来るようになっててアレやりたいコレやりたいでMMDそっちのけですw ここ最近MMDのモチベが下がってたんで新しいことやると止まらなくなりますね。 それにしてもゲーム制作、先は長い@長月チャカ

 

私がUE4に手を出す頃にはもっと楽になってないかなーとかラクすることばかり考えてしまってます。ツクールが3D対応したエンジン作ってくれれば一番いいんですけど、このご時世にアクツクの続編だしてるようじゃ最高に期待薄ですが・・・。

その目だれの目

2018.05.14 Monday

ここ最近のモチベ低下具合がやばいナナブルクですこんにちは。

 

・・・いや、モチベが低いというのは語弊がありますね。寝るときにいつも、モヤモヤしたままの自分がいると言いますか、それはすなわち「やるべきことをやれてない一日」を指すわけです。何度この手の話題を記事にすればいいんだってくらい、一生つきまとう問題でしょうけどね。

 

このところ、Twitterで長月さんがUE4の練習過程をアップされてるんですが、それを見てると嬉しくなる一方で、なんだか羨ましくもある自分がいることに気づきました。昔を懐かしんでしまうというか、好奇心旺盛で、好きなことへまっすぐ突き進む様は、まさに好きなことに夢中だった昔の自分を見ているようで、そして今の自分にはそういったものがどんどん欠落していることを再認識させられるのでした。

 

話が変わるんですけど、Amazonプライムでメジャー2ndを見てたんですが、そこで語られたのは「野球を好きな才能」についてでした。主人公の大吾は特別な才能がないのに親の七光りだと言われて苦しんでるわけです。でも野球は好きという才能は誰にも負けない、そんな話でした。

 

好きという気持ちは本当に強い。どれくらい強いかって、失敗を恐れないというか、そもそも失敗がどうとか考えてすらない。楽しいからやる、それだけなんですよね。世の中のほとんどの著名人を支えているのはこれだろうなってくらいには、人間には無くてはならない感情だと思います。

 

で、話が戻るわけですが、私はゲーム制作が好き?と問われれば好きと答えると思うんですが、じゃあどの部分が好き?って聞かれると具体例がでてくるわけです。

 

でも、私がゲーム会社を目指さなかった理由を思い返すと、自分の思い通りのゲームが作れないからって理由だったはずなんですよ。極論を言えば、会社に入るとグラフィッカーはグラフィック作っておしまいです。いやいや、全部に関わらせてよって思います。俺は絵が描きたいんじゃない、ゲームを作りたいんだ!って思っていたのを覚えています。

 

ただこの時点で矛盾してますよね。

 

制作の工程に好き嫌いがあるくせに、ゲーム全体には関わりたいって。好き嫌いはあるけど好きなことを叶えるために多少は我慢しろって話なんでしょうけど、一体私が目指しているのは何なんだろうって頭を抱えるんです。冒頭の「好き」の原動力からすれば、もはやあれこれ考えてる時点で、好きのそれではないんじゃないかって思います。

 

それともう一つ感じたのは、どれだけ壁にあたったか、どれだけ壁を乗り越えられなかったか、も一つの指標になりそうだなって。物事に1〜10までクオリティのレベルがあったとしましょう。

 

「Aが好き」という気持ちがあり、Aに手を出した結果、5までできたけど6からは自分には無理だな、という壁にあたり、そしてそれを乗り越えられなかったという事実が残る。実はこの時点で意識の差が生まれてます。5で満足する自分と、5じゃ満足できない自分です。後者は、満足できないくせに6以降の力がないと落ち込むわけですね。

 

このような事象が、Bが好き、今度はCが好き・・・といった具合にたくさん生まれていくわけです。それは絵だったり、動画だったり、3Dだったり、DTMだったり、プログラミングだったりするでしょう。

 

壁にぶちあたり、満足しないのに乗り越えられない。

 

そんな現状が増えれば増えるほど、自分の力というものを決めつけていって、好きの原動力が弱まっているような気がします。

 

これまで他人の目を気にしてどうのこうの、承認欲求がどうのこうの言ってきましたが、その実、一番気にしていたのは「自分の目」だったのかもしれません。

 

みなさんは、誰の目を気にして、生きていますか?

 

Web拍手レス

よくよく考えたらFF3〜9までほんとんどのラスボスが無に帰してくるんだけど…子供の頃はなんとも思わなかったけど、無に帰すってマジでどういう事なんだろう 個人的には、うたわれるもののオンカミヤカムイの動機が好き、人間を発展させるために戦争を起こさせるってヤツ@ますた〜

 

俺たちもいっそ、無に帰されてえよなあ…

 

人類未踏の地

2018.05.12 Saturday

この日は土曜だってのに、夜から歓迎会と送別会を兼ねた飲みがあったんですが、そこで課長と隣の席になったのであれこれ雑談してました。

 

課長「そいやブルク君知ってる?中国の宇宙ステーションが落ちたやつ」

 

まったく知らなかったので話を聞いてみると、なんでも中国版宇宙ステーションが制御不能になって落下したらしいんだけど、その落下地点が人類が到達不可能とされた「ポイント・ネモ」だったっておはなし。ポイント・ネモは海洋上で最も陸地から離れた地点なので、人工衛星の墓場としても使われる場所なんだそうです(※場所的にどこって言われると、ちょうどアリアハンくらいです)。

 

課長「ブルク君好きそうな話だなーって思ってたんだけど」

私「めっちゃ好きです」

 

課長もこの手の宇宙の話大好きなので定期的に情報共有するんですが、面白いですよね。この2018年のご時世に、まだまだ地球上ですら人類が到達できない地点が結構あるっていうの。陸地ですらまだまだ到達できない場所って沢山あるみたいなんですよ。確かにヘリでいけばとか思うけど着地する場所がないと無理ですよね。そういう意味じゃ、ドローンタクシーが発達すればそれこそどこでもいけちゃうんじゃない?って思いますけど、それはこれからの話なんでしょう。

 

宇宙や海底のロマンもさることながら、平成30年でまだまだ人類未踏の地があるって事実がかるく衝撃でした。なんだか当然のようにどこでもいけちゃうんでしょって思ってたんですよね。

 

ゲームの世界では当たり前にある未踏の地ですが、こういうリアルな視点から考える未踏の地って大事だなって思いました。なんで未踏なのか理由を考えたときに、陸地から離れすぎて単純に航路がないとか、チンパンの私には思いつかなかったですからね。

何度も遊びたくなるゲーム

2018.05.09 Wednesday

Twitterで「#好きなゲームをつまらなさそうに紹介する」といったタグが流行ってまして。

 

私にとって一番好きなゲームは後にも先にも「レジェンドオブドラグーン」なんですけど、なんでこんなにも好きなのかはよくわかってません。

 

「ドラクエシリーズ」は私の中でゲームという括りというより人生に近いのでノーカンとして、もしかしたら好きなゲームって二種類に分けられるのかなって思いました。

 

ひとつは「純粋に完成度の高いゲーム」

もうひとつは「馬鹿っぽさを残した愛すべきゲーム」

 

どちらも好きなんですけど、愛着が湧くのは後者だし、今でも周回できるのは後者だなあって思います。

 

たとえば前者の完成度の高いゲーム。

 

「大神」「ワンダと巨像」「ラストオブアス」etc.

 

これらは一度は壮大に感動したものですが、もう一回やろうといった気持ちにはなりません。何度もやる人もいますけど、私には一度きりの感動で残しておきたいんですよね。

 

一方、後者のゲーム。

 

「天誅」「レジェンドオブドラグーン」

 

共通して馬鹿っぽさを兼ね揃えた名作です。真偽の程はわかりませんが、狙った馬鹿っぽさではなく、真面目につくった結果の馬鹿っぽさなんですよね。そのせいか、何度でもやりたくなる。例えとして適切かはわかりませんが、MGSなんかは緻密に計算された馬鹿っぽさだと思うんですよ。あれはあれでスゴいし楽しいんでいいんですけどね。

 

何度も見たくなる映画と、一度きりの感動でお腹いっぱいの映画と似たものを感じます。

 

馬鹿っぽさっていうのは諸刃の剣です。一歩間違えればローグギャラクシーになります。何なんですかね、このあたりのさじ加減。そのゲームのセンスを受け入れられるかどうかなんですかね。許容できる範囲といいますか。

 

そんな、自分の価値観とシンクロ率が高いゲームほど、何度も遊びたくなる、自分だけの愛すべき一本になりえるんじゃないかって思えます。そういった意味では忍屋は前者のほうなんですよね。一度きりでおしまいなゲーム。前作のZetimaは今でもたまにやりたくなるので、自分の好きを詰め込んだ後者寄りのゲームなのかもなって思います。


どっちが良い悪いって話ではないですが、自分の作品が、誰かにとっての特別になれる作品であってくれると、嬉しいですね。

 

すべてを余すことなく話せる相手

2018.05.07 Monday

シナリオ考えてて煮詰まってしまったとき、誰かに話を聞いてもらうと突破口が見えるなんてことはよくあります。忍屋のときもそうでしたし、今のイナナキアのときでもそうです。

 

正解やヒントはすぐ隣にあるにも関わらず、一人だとたどり着けない答えっていうのがあるんですよね。もしくは一人だとものすごい時間がかかったり。それが人と話すだけであっという間に見つかるなんてことは珍しくありません。

 

それなら一生話してればサクサク進むのかといえば、そうではないんです。たまーに話すからこそ意味があったりしますし、当然デメリットもあります。

 

ひとつは自分の考えがあやふやになってくること。

人の意見に耳を傾けるあまり、自分のシナリオじゃなくなってしまうってパターンです。

 

もうひとつは、これを話せる相手が限られていること。

シナリオを話すってことは膨大なネタバレなわけです。すべてを余すことなく話せる人っていうのは限られてくるでしょう。私でいえば、嫁さんや、兄や姉がそれにあたりますが、友人たちにはとてもじゃないけど話せません。

 

そんなこんなで、絶賛イナナキアの話を考え中なんですが、まとまりそうで、まとまりません。現状、3つの創作物を同時に進めてる感がありますけど、ちゃんと棲み分けはしているつもりです。

 

忍屋はろあ君のプログラム待ち。

同人誌は家に帰ってから進める。

イナナキアは仕事中に進める。

 

パッと見、余すことなく創作してる感じありますけど、なにひとつ形にならない期間っていうのは、中々精神にくるものがあります。今に始まったことじゃないですけど。

 

最初で最後のGW

2018.05.06 Sunday

ずっと移動してたGW。

最終日にして、ようやく普通に休める日でした。

 

嫁さんとドラクエやった以外は、ほとんど寝てましたけどね。

あと少しだけ同人誌進めてました。

 

噂によるとコミケまであと100日だそうです。

 

100日か・・・まだ結構あるな・・・。